おとなが家を飛び出た話
この年になって家出みたいな真似をするなんて想像もしていませんでした。
私ももう20を越えてしばらくが経つんですけどね。
まだまだ子供みたいなところがあるんです。
時はさかのぼって、つい先日のことです。
時刻は午後6時をまわっていました。
きっかけは些細なことです。
タイミング悪く忙しい時間帯に私の不潔恐怖症が炸裂しました。
実家に帰省して数週間、今まで私は一度もひどい発作を起こしてはきませんでした。
微熱が続き体調が悪かったことも要因の1つなのでしょう。
久しぶりに爆発を起こした強迫観念は激しさを増していました。
私の荷物を運んでくれていた家族が、それを玄関で落としたのが起爆剤となりました。
親切心を私は上手く受け取れませんでした。
私は彼らが私の強迫行為つまり何かをずっと洗ったり、汚れていないか確認しつづけることを、奇異の目で見ていることを熟知していました。
それに、私がそうすることで彼らを傷つけていることもわかっていました。
私は決して他人を汚いとは思っていません。
ただ、もしその人が土に触れたのだとしたら、その行為とそれによる汚れが怖いだけなのです。
でも、みなさんからしてみれば、私が自分以外のものを汚れた存在として見なしているのだと思うでしょう。
違いますよ、絶対に。
なんなら私は私自身さえ汚いと感じていますからね。
だから、毎日必死で手を洗っていたんです。
今も時々やってしまいますが。
そんな私の行動に腹を立てるのは正直、仕方がないことだと思います。
しかも、バタバタして余裕のない時間帯に!
私に親切心を蔑ろにされたんです!
それは怒って当然でしょう。
しかし、相手が悪かった。
私だってこんなこと言いたくないですけど、強迫性障害はコントロールがすごく難しいんです。
できることなら、この不合理な事象全部やめてしまいたい。
でも、どうしたって無理なんです。
強迫行為を止めることは苦しいのです。
しかも、この日は薬が足りなくて飲んでいませんでした。
余計に制御できない感情がありました。
怒鳴られて泣く。
ただのちっぽけで無力な子供です。
相手の我慢が限界に達した時、私の精神も限界を突破していました。
私は家を飛び出しました。
コートも着ず、携帯も持たず。
着の身着のままです。
寒くて暗い田舎道を歩きました。
星よりも満月が際立って、それを背に進んでいきました。
頭が痛く、脈は飛んでいました。
外の世界は怖くはありませんでした。
私はいつか愛するあまりいろんな人を傷つけてしまうことだけを想像して怯えていただけです。
できるだけ車のいない道を選びました。
私は砂を巻き上げる感じがするから、あまり自動車の多い場所に近づきたくないんです。
昔はよく自転車で駆け回っていた路地ばかりなので、迷路みたいでも勝手はわかります。
1時間ほど歩いたところでしょうか。
急に名前を呼ばれました。
気のせいではありません。
家の人が私を待ち伏せしていたのです。
どうやって居場所を掴んだのかは定かではありません。
おそらく田舎なのでルートが決まっていて、そこにいたのかもしれませんし、感なのかもしれません。
ただ見つかってしまったのだけは確かでした。
私は車に乗せられ来た道を戻りました。
心配をかけたことを怒られ気まずかった。
こんなこと6年くらいしたことがなかったのですけどね。
ただよくよく思い返してみると、私の症状はよくなっているんです。
むしろここまでふつうに一緒にいられた方がすごいんです。
私は自分が家族とは暮らしていけないことを十分にわかっていますから。
例年通りなら、帰省1週間ほどで限界が訪れていますもの。
もういい年した「おとな」のはずなんですけどね。
まだまだ心配をかけてばかりの子供みたいです。