I can’t trust you anymore! で家出しました 後編
ひたすらに彷徨い歩いて、見知った道が見えてきました。
迷子になったので、おそらく1時間ほどかけて着いたと思います。
陽は沈みかけていて、ほとんど人はいませんでした。
いつものバス停へ向かっていると大声で誰かが私の名前を叫んでいるのが聞こえました。しかも、間違った呼び名。
私を知っていて、その上で名前を覚えていない人物なんて1人しかいませんでした。
ホストマザーです。彼女は恐ろしい形相で私を睨め付けていました。
身体が竦み、気がつくと逃げ出していました。
私は強迫性障害のせいで走ることが苦手なので、早歩きでその場から去っただけです。
彼女はホストシスターと日本人の男の子を乗せた車を道端に停めていました。
私のことを探していたわけではありません。ピザを買いに来ていて、そこに偶然通りかかっただけです。
もちろん、彼女は叫ぶだけ叫んで何もしませんでした。
ただ娘のJだけが私を追いかけてきました。
Jになら捕まってもいい。そう思う一方でホストマザーに関わる全てが恐ろしくなって、散歩をしている時に見つけた坂の影に身を潜めました。
人の気配がなくなってから、そっと抜け出しました。
道中、泣きじゃくっている私に親切なおばあさまが声をかけてくれたのを覚えています。あまりにも放っておけない感じがしたのだそうです。
家に戻ると、外から部屋に明かりが付いているのがわかりました。車もあります。
私は怯えながらも、裏口にまわり中に入りました。
狭い家なのですぐにホストマザーに見つかってしまいました。
彼女は私に激怒しており、
「朝あなたがいないから探した」
と開口1番に言われてしましました。
「鞄がなかったと思うんだけど。いつも私はみんなが起きる前に学校行っているじゃない」
そう反論しましたが、
「そのせいで、みんな遅刻しそうになった」
と彼女は私を遮って続けました。
「学校に行っているかは確認できたと思う」
という言葉にも、
「朝に学校に電話するなんて非常識なことできない。ここは日本じゃないから、いちいちそんなことしていられない」
と返されてしまいました。
本当に私を心配していたなら、午後になってでも連絡したらいいじゃないかと思うのです。のんきにピザを食べる必要はないわけです。
それはともあれ、彼女を押し切って私が自室の電気をつけると、目の前にとんでもない光景が広がっていました。
私の机がめちゃくちゃに荒らされていたのです。
私は半狂乱になって、日本語と英語で喚きました。
「うそつき! 触らないって言ったじゃない!」
「管理人のやることに口出しはできないの」
「Trust me って言ったじゃない!」
彼女が私を捕まえようとしたので、信用できない人は汚く感じて、触られたくなくて避けました。その時、手がパシッと当たってしまいました。
彼女は私が打ったとヒステリックを起こして、どこかに電話していました。
そしてリビングで咽び泣く私に彼女は警察に通報されると困ると吐き捨てました。
私は別に構いませんでした。自暴自棄だったのでしょうか。誰かに話を聞いてほしかっただけなのかもしれません。
とにかく、感情が抑えきれなくて、全てのものが汚くて、洗いたいのにこの家ではほとんど水が使えない。思考がループしてもう堪えきれませんでした。
パニックの中なんとか語学学校に連絡をすると、すぐにスタッフさんは来てくれました。
もともと相談していたこともあって、迅速な対応をしてもらえました。
10分も経たないうちにそのスタッフさん、Lさんは着きました。
泣き続けている私にLさんはティッシュを渡してくれ、
「もう、ここから脱出しよう」
と背中を押してくれました。
私の机を見て、事前に撮っておいた写真と比べてひどい荒れ様だったので、一緒に片付けることにしてくれました。
スーツケースに荷物をつめていきました。机の中の引き出しの中に入れておいた小物入れも開けられ、リュックサックが捨てられていました。
全部捨ててしまいたい衝動に駆られつつも、あとで洗えるからと荷物をまとめていきました。
途中、Lさんは上司の方からの指示で、ホストマザーと話し合っていました。
そこから、わかったのは
この日は結局、管理人の方は来なかったこと。
ホストマザーは私の部屋を片付けようとしただけだということ。
他にもいろいろ言っていたみたいでしたが、部屋の惨状を見たLさんはやっぱり私はここから出るべきだと判断したようです。
そして、1時間もしないうちに家を去りました。
すでに夜の9時をまわっていました。
Jは泣いて私を恋しがってくれました。他の人たちはもう眠っていました。
私は彼を置いて行ってしまうことに罪悪感を覚え、送らないといけない写真もあるので、連絡先を託しておきました。
いまだに音沙汰はないのですが、仕方のないことでしょう。
私の最も醜い姿の片鱗を感じてしまったのですから。
それでもJは最後にハグを求めてきました。
ホストマザーはLの前だからか、
「ここはあなたの2番目の家だから、いつでも来なさい」
と言い、ハグをしたがりましたが、私の心がそれを受け付けませんでした。
そしてLの車に乗りこみ、私は夜の道をぼぅと眺めていました。
どんどん家から遠ざかるにつれて私は淋しさと安堵に包まれていきました。